SS
お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。



最初に彼にそう言ったのは、実の母だった。
国一番と詠われた美貌と雷のような激しい気性を持つ彼女は、
病に顔を侵された我が子を疎み、遠ざけた。



お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。



自分は母に疎まれている。嫌われている。


最初からそうであった訳ではない。
彼が生まれてから今まで、母は惜しみの無い愛情を与えてくれた。
白く滑らかな手で彼の頬を撫で、暖かな胸に抱き、いつでも美しく微笑んでいた。

彼女の態度は、あの日を境に一変したのだ。
身体中が燃え上がるような高熱と耐え難い激痛から解放されたあの日、
彼は命の対価として右目の光を失い、その顔に病魔の爪痕を刻み付けられた。



お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。



彼に対していつでも優しく暖かかった母は、哀れな彼の姿を見て悲鳴をあげ、
心細さのあまり差し伸べた彼の手を邪険に振り払った。
身を翻して寝室を出て行った母は、その日以来、我が子の元を訪れる事は無かった……。



お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。



それでも彼は待った。もう一度母が自分に笑いかけてくれる日を。
もう一度昔のように白い手で頬を撫で、暖かな胸に抱きしめてくれる日を。
それでも彼は信じていた。自分の下に姿を現さぬ母を、疎ましそうに我が子を見る母を。


お前は、いらぬ子なのだと。


……やがて生まれた美しい弟を愛しそうに抱いた母に、そう告げられるまでは。





母のその言葉は、彼の心を深く傷つけた。
心の傷から流れ出る血は彼から無邪気な笑顔を奪い、快活な行動力を奪った。
別人のようにふさぎ込むようになってしまった彼を見た周囲の大人達は心を痛めたが、
同時に失望の溜息をも漏らすようになった。



お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。



心の傷を癒す術を知らず、彼はただ、独りで涙を流し続けた。
いつしか彼は、誰もいない場所で声を殺して泣く事が癖になっていた。
声を出して泣いたとしても、飛んできて彼を抱きしめ、その涙を拭ってくれる者など
現れなかったからだ……。








……ある日彼は、一人の青年に出会った。
生真面目で堅苦しい雰囲気を纏ったその青年は、彼の傍に仕える事となったと言う。

このような除け者の傅役など、損な役を負ったものだ。
そんなひねくれた事を言ってみた所、激怒した青年に夜遅くまで説教された。
……痺れて感覚が無くなった足をさすりながら、彼は、自分で自分に驚いていた。

叱られて、嬉しかったのだ。





それからもずっと青年は、彼に付き従い、彼と共に笑い、哀しみ、怒ってくれた。
時々は彼の悪さが過ぎて叱られる事もあるが、今までずっと腫れ物に触るような
扱いを受けてきた彼には、その事すら嬉しい。
彼より一回り年長のその青年の存在は、彼にとって無くてはならないものへとなっていた。


だが、ある時。思うように馬に乗れずに癇癪を起こした彼は、懸命にたしなめる
傅役の青年に向かってこう言い放ってしまった。
いらぬ、と。説教ばかりするお前などいらぬ、と。
お前など、どこかへ行ってしまえ、と……。



お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。



言ってしまってから、彼はすぐに後悔した。
後悔したが、今まで人との係わり合いを避けてきた自分には、どうやって青年に
謝ればいいのかがよくわからない。
だが、このままでは自分は大切なものを無くしてしまう。無くしてはいけないものを
無くしてしまう。
彼は困惑し、焦燥に駆られ、しかし一人ではどうする事もできずに
ただただ青年の背中を見つめるしかできなかった。

悔やみきれない後悔の念と、だが、ずっと一緒にいたこの青年ならば
自分の本当の気持ちをわかってくれているだろうと言う虫のいい思い。


……だが、彼のその願いはあっさりと打ち砕かれた。
その日の夜。青年の義姉でもある乳母が、そっと彼に告げたのだ。
青年が、彼の元を離れるつもりでいるのだと。





お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。




そう告げられた瞬間。彼の、片方だけ残った瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
立っていることも出来ず、その場に崩れ落ちて声を立てずに泣く彼を、
乳母はそっと抱きしめて囁いた。


あの者を失いたくないと思って頂けるのですか?


彼は頷いた。もう独りになるのは嫌だった。
辛い稽古の時も、息抜きに川に釣りに行った時も、帰り道ではいつも
優しく手を握っていてくれた。
あの温もりを、失いたくは無かった。失いたくないと、心から思った。


……それならば。


乳母は優しく微笑むと、彼の涙をぬぐった。


それならば、言ってやって下さいまし。
お前を失いたくないと。お前の事が必要だと。
目の前で、声に出して、言ってやって下さいまし。




お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。




そう言えば、青年は言ってくれていたではないか。彼の目の前で。
彼はいらぬ子などではないと。皆が彼を必要としていると。
なのに、自分は。


そう思った瞬間、彼は涙を拭うのも忘れて立ち上がると、青年の部屋へと走り出した。
まったく、自分の愚かさ加減が心底恨めしい。自分は何を意固地になっていたのだろう。



お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。



言われ続けてきた彼だからわかる。青年が受けた心の痛みが。
取り返しがつくだろうか、まだ。





ようやく、青年の部屋の前に辿り着く。弾んだ息を整えて中を覗くと、
こちらに背を向けて座っている傅役の姿が見えた。
彼が立てた僅かな音に気がついたのか、青年がゆっくりと振り返る。
……そして、片方の目を赤く晴らして佇む彼の姿をその目に映すと、
無表情だった青年の顔に感情のさざ波が揺らめくのがわかった。


部屋に入り、青年の前に座り込むと、小さく深呼吸する。
意を決して言った言葉は、つたないものではあったけれど。



……彼の言葉を聞いた青年は、聞き終えると同時に涙を流した。
嬉しさの涙だったのか、主君の不甲斐なさを嘆く涙だったのかはわからない。


そして、何故だろう。青年の涙を見た瞬間、彼の左眼から再び涙が溢れてきた。
傅役の前で泣くなんて恥かしい。そう思って袖で拭うが、拭っても拭っても止まらない。
自分でも訳がわからなくなって慌てていると、同じく涙を浮かべたままの青年が、
彼の身体をそっと抱きしめてくれた。

何故だろう。嬉しいはずなのに、頬を濡らす涙は勢いを増した。
自分を包む青年の身体の温もりを感じながら、彼は泣いた。
……声を上げて。






お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。





……だが、彼はもう、独りではなかった。
2008.05.23 STAND BY ME
SS
お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。



彼がこの世に生を受けた時、屋敷にはもう跡を継ぐ者がいた。
豊かな暮らしとは言えぬその家で、彼は厄介者以外の何者でもなかった。

実の父母からさえ冷たい視線を浴びせかけられ、穀潰しと罵られた。
腹違いの兄は彼を無視した。実際の所、義兄にとっては彼の存在など、
道端の石と同程度のものだったのだろう。



お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。



何度も、命を絶とうと思った。
いらぬ子ならば生きていても仕方が無い。そう思って小刀を握り締め、
だが、冷たい刀を腹に突き刺す勇気が出せず。
そんな自分が情けなくて、彼は泣いた……。


彼の唯一の支えとなってくれたのは、義姉だった。
義姉は、部屋の片隅で涙を流す彼をそっと抱きしめ、凛とした声でこう言った。



泣くのはお止めなさい。その悔しさを力に変えなさい。
お前はいらぬ子などではない。お前を必要とする者が必ずいます。
その者の為に、強く、賢くおなりなさい。




お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。




いらぬ子だと言われ続けてきた彼は、その言葉を信じた。
そして彼は、その日以来泣くのを止めた。





……ある日彼は、一人の子供に出会った。
子供ながら癇が強く、周囲の大人達も扱いには手を焼いているという。
だが、自分より一回り年下のその子供の左眼は、幼い時の自分と同じ光を宿していた。

そして彼は直感した。この子もまた、いらぬ子だと言われ続けてきたのだと。





刀が持てぬ、馬に乗れぬと癇癪を起こして泣くその子を抱きしめ、
彼は何度も言い聞かせた。

泣くのはお止めなさい。その悔しさを力に変えなさい。
貴方様はいらぬ子などではありません。皆が貴方を必要としています。
皆の為に、強く、賢くおなりなさい……


だが、子供は泣きやまない。喉が裂けんばかりに喚き、もがき続けている。

嘘だ、嘘をつくな。皆が必要としているなどと、大嘘をつくな。

子供は叫び、泣き続けた。

嘘つきのお前なんか大嫌いだ。
お前なんかいらない。お前なんか、どこかに行ってしまえ……





お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。




本当は、彼も気づいていた。義姉のあの言葉は単なる気休めなのだと。
心の底から己を必要としてくれる者など現われはしないのだと。

自分は所詮穀潰し、誰からも構われぬ、いらぬ子なのだと……




お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。




だが、彼は泣かなかった。
涙は既に枯れ果ててしまっていたから。





その夜。
彼は、子供の傍を離れる事を決意した。


行く当てなどある訳が無い。ただ、どこか遠くに行きたかった。
彼の事を知る者が無い場所へ、ひっそりと消えていってしまいたかった。


僅かばかりの荷物を纏めて旅支度を整え、義姉に対する詫び状をしたためていた、その時。
ことりと音がして部屋の襖が開き、僅かな隙間から子供の顔が覗いた。

仰天して腰を浮かせた彼にはお構いなしに部屋に入って来た子供は、
彼の正面に胡坐をかいて座り込むと、開口一番こう言った。


お前は、嘘つきだ。


呆気に取られた彼を横目に、子供は続ける。


皆が俺を必要としていると、お前は言った。でも、そんな事がある訳が無い。
俺を必要としている者もいれば、いらないと思っているヤツもいる。
皆が皆、俺を必要としている訳が無いんだ。



突然の子供の言い分に彼は面くらい、咄嗟に言葉が出てこない。
子供は、沈黙を続ける彼をちらりと左眼で見やると、何故か得意そうに
胸をそらしてこう続けた。


だから。
お前が嘘をついたから、俺も嘘をついた。

嘘だ。

……お前はいらぬといったのは、嘘だ。






お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。




嘘だ。

お前がいらぬというのは、嘘だ。
俺には、お前が必要だ……






詫びれた様子もなく、何故か偉そうに踏ん反り返る子供の前で。
彼は、自分が泣いている事に気がついた。

涙など二度と流さぬと、そう誓ったはずだった。
だが、彼の目の淵から溢れる熱い液体は止まる事なく頬を濡らし、
畳の上で握り締めた手の甲に落ちる。


小十郎は、梵天丸より泣き虫だ……


俯いた彼の頭の上で、子供の笑い声が聞こえた。







お前はいらぬ子だと、言われ続けてきた。



……だが、彼はもう、独りではなかった。
SS
オオサト「先輩!先輩は何個もらいました?」

ツキ  「もらったって、何をだよ?」

オオサト「嫌だなあ、バレンタインのチョコに 決まっているじゃありませんか!
     今日はバレンタインですよ、バレンタイン」

ツキ  「バレンタインってお前……何日前の話だよ?」

オオサト「まあまあ、リアル時間のことは置いておいて、
      今日がバレンタインって事にしておいて下さいよ。
      ネタ的に、まだギリギリ出せるかなあって……」

ツキ  「あーはいはい。で?その外国の坊さんの命日がどうしたって?」

オオサト「ほら、見て下さい!今日来てみたらデスクの上にこんなにチョコレートが!
     いやあ、もてる男はつらいっすね!」

ツキ  「俺は今ほどお前を絞め殺したいと思った事は無いよ」

オオサト「……え、や、やだなあ先輩、目が本気ですよ?」

ツキ  「本気なのは目だけじゃないぜ」

オオサト「え、僕、そっちの趣味は無いんですけど」

ツキ  「馬鹿野郎!!そういう意味じゃねえ!!!」

オオサト「なーんだ、びっくりした。思わず貞操の危機を感じましたよ」

ツキ  「勝手に危機でもキツツキでも感じてろ馬鹿!!」

オオサト「……で、先輩はいくつもらったんですか?チョコレート」

ツキ  「食堂のおばちゃんからもらったよちくしょう!!!」

オオサト「え、なんだ、もらったんですか?それなら良かったじゃないですか!
      一体どうしてそんなに怒ってるんです?」

ツキ  「…………」

オオサト「先輩?」

ツキ  「…………」

オオサト「………?」

ツキ  「…………こんな……」

オオサト「こんな……?」

ツキ  「こんな……義理だとわかりきっているチョコでも…………
     …………もらうと、嬉しいなあって…………
     
     ………………そんな自分が……哀しくて………………」

オオサト「せ、先輩……」

ツキ   「たとえ…………チロルチョコ一個でも…………」

オオサト「……男って、哀しい生き物ですよね……」

ツキ  「…………」

オオサト「でも、僕には無縁の感覚かなあ?」

ツキ  「ぶ     っ     殺     す   」

オオサト「うわあ先輩!ちょっと、ゲームが違いますよ〜〜!!!」
2007.12.24 小田原聖夜
SS
『Ah?なんだ?Christmasについて知りたいってか?
 アンタがそんな事を聞いてくるなんて随分unusualなこともあるもんだぜ。
 明日はSunshine showerが降るかもしれないなぁ……ha ha!』




「…………」




『Christmas……起源は南蛮の聖人のBirthdayだがな。最近じゃ世界中のHolidayになってるって話だ。
 聖人が誕生した日を祝って、FamilyやFriend、Lover……My FavoriteとPartyを開いたり
 Presentを贈りあったりするのさ。

 ……Presentを贈る理由としては、自分が大切に思う人への愛の気持ちを表現するという事らしいな』




「…………」




『ちなみに、ChristmasはLoverといちゃつく日と認識されているのは日本だけで、欧米では
 FamilyやFriendとPartyを楽しんだり、ゆっくり過ごす日なんだぜ!
 Christmasが近づいたからって恋人漁りに必死になるのはcoolじゃねえし、
 Christmasに予定が無いから焦るのも、全く持ってcoolじゃねえ。
 独りで聖人が生まれた日の喜びをかみ締めるのだって、立派なChristmasの過ごし方なんだぜ You see?』



「…………」




『…………I、Idiot!!No!!
 な、泣いてなんかいねえ!眼から汗が出ただけだ!!!!』






「…………」















「…………」

























「風魔、風魔!……どこにおるのじゃ?早うおぬしも小田原城大掃除に加わらんか!
 栄光門が汚れたままで新年を迎えるような事があってはご先祖様に申し訳がたたんわい……」
 



「…………」

「おお、風魔、そこにおったのか!ぼさっとしとらんで早く掃除を……
 ……ん?どうした?なんぢゃこれは?」

「…………」

「なんぢゃ、土産か?どこぞに行っておったのか?
 急にこんなものを買ってくるとは、おかしな奴ぢゃのう……」

「…………」


「まあ、一応貰っておくわい。ずんだ餅はわしの好物じゃからのう。おぬし、奥州に行っておったのか?」

「…………」

「まったく一体なにをしに行ったのやら……。相も変わらずよくわからん男じゃわい。
 ……さ、ともかく、掃除ぢゃ掃除ぢゃ!栄光ある小田原城を隅々まで磨き上げるのじゃ!」

「…………」

「ぐおっ!こ、腰が……っ!!!!
 い、いた……痛たたたたたたたたたた…………!!!!」














『……Ah?まだ何か聞きたいのか……?』


















「……………。(I wish your Merry Christmas……)」
2007.12.22 小田原小話
SS
「ううっ……いたたたた…………」

「…………」

「ううう……最近の若い者はなんて乱暴なんぢゃ……年寄りをいたわるという事を知らんのか……」

「…………」

「……ん?そこにおるのは…………風魔か?」

「…………」

「フン、伝説の忍が聞いて呆れるわい!なんぢゃあの情けない戦いっぷりは!」

「…………」

「むざむざと彼奴らを通過させおって……一体何の為に、高い金を出して……」

「…………」

「ううっ……ごほごほげほげほっ……!」

「…………」

「……案ずるな、大事ないわい……まあ、すんだことを今更言っても仕方がないしのう……」

「…………」

「…………なんぢゃ、まだ何か用があるのか……?」

「…………」

「そういえば……なんじゃ?その大荷物は……。どこかに行くつもりなのか?」

「…………」

「もしかして、風魔、お前……任務を遂行できなかったから責任を取って、ここを出て行くつもりか?」

「…………」

「……フン、馬鹿馬鹿しい……。お前、ここを出て、行くところがあるのか?」

「…………」

「年も押し迫っていると言うに、一族郎党宿無しになるつもりか?
 この不景気のご時世、再就職は容易ではないぞ?」

「…………」

「……妙な気をつかうでない。……おぬしはここにおればいいのぢゃ……
 ここにいて、わしの傍に控えておればいい……」

「…………」

「わしのお供は……楽しかろう?……風魔…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………!!!」

「………………ぐう。
 ……むにゃむにゃ……」

「…………」







「…………(ありがとうございます……)」